書きたいことはいろいろあるが、いかんせんヒマというか、書く気力が残ってまへん
鉄は熱いうちに打て、というのは格言で
熱いうちに打たないと、冷めてあとで打つ気にはなれないとですね
なんかこのまま上のネタはフェードアウトの悪寒・・・
まぁ、ゆるされたしです(*- -)(*_ _)ペコリ
|∇')ノんじゃ、みんなはGW満喫するのですよぉ~♪
あしたの所用予定を5月8日にズラし、あしたも店開けるぞ~ぃ
もちろんそのあとに連休が待ってるわけでもないので
もうこうなったら早寝っきゃない!
c(.д.c⌒っあほ~っ♪
人出でにぎわうこの時期の商店街、当たり前のことなのだろう
だから、いつもどおりの日曜のやすみしかボクにはない
でも今週は、その日曜すら所用で飛びそうだ・・・
すべては相対性のなかにある みんなが休むから、おらはさらにしんどくなるんだ(ぉぃw)
それにしてもうちの商店街はひどい
きのう1日だけでも数千万円規模のコピー商品が売り買いされたはずだ
とんでもない人ゴミと狂気だった
うちのふつうの服を見て、「これドコのブランド?」と訊いたバカ山のごとし・・・
このGWだけで億単位のカネが、韓国に流れるために吸い上げられそうだ
「イルボン ポンゲェー ガハハハハ (日本人 バカね~ あはははは)」
ニセモノを売る韓国人たちは、すこしでも日本人たちの足が引くと、こういってみんなで笑いあっている
ほんとにバカだよ 大阪人は
吸い上げられたおカネは、一銭も大阪には還元されないのに
ニセモノにまともな会計処理があるはずもなく、まともな納税も存在しない
海外におカネを捨てるためにニセモノを掴まされる関西人 あいかわらず死んでますね
ああ、さらに疲れる バカを見ると、見ているほうがはずかしくなる・・・
死人に口なし 死体に脳なし
判決は「(証言した)医師が(女児に対する)わいせつ行為があったと診断し、(女児が)体験したことしか話せないと証言していることから、(わいせつ行為を受けたことに)相応の信用性があると考えられる」としながらも、、「事件の経過や周辺事情の証言には不自然で、不合理な点も多く、行為を直接目撃した者もいない」として検察側の主張を退けたとか
被害は、ふたりという複数の児童が主張していることであり、しかもPTSD(心的外傷後ストレス障害)になって通院すらしているというのに、彼女たちが障害児であるというだけで、その証言能力を認めず、この教諭は無罪放免ということらしい
限りなく黒に近いグレーだが、グレーはやはりグレーであり、罰せれない、ということらしいが、
この判決は、おそらく後々、大きな社会問題の発生を促す可能性が高そうだ
障害児を対象にした性犯罪が、教諭からに限らず、さまざまなところで激増するだろう
ほんとにだいじょうぶなのか、こんな判決出して・・・ちゃんと責任も負えよ、裁判官くん
ワイド版と見紛うかの太さで「いよいよか」といったカンジ
思えば最初のころはほんとうにおもしろいマンガだった
ところが人気の出だした10巻代半ばあたりで、一気に作者のモチベーションが落ちる
最近ではずっと惰性で描いているカンジで、読んでるこちらも惰性で購入していた・・・
ところが最終巻の腰巻にはなんと_「アートコミックの最高傑作、ついに完結!! 感動の最終章!!」
_と大仰なことばが踊るw
最期に隠しもっていたスゴイの持ってきてくれればうれしいけど、予定調和のオチもありそうでコワイw
ともかく、帰ってきたら読む んじゃ

1冊350円で②~⑨を購入せざる終えなくなったw
曽田マンガには、ワイド版の『シャカリキ』、週間連載の『め組の大吾』で過去にもお世話になったことがあったが(大吾の方はイマひとつだったね)、この『昴』を読んで、前述の2作がこれを描くための習作に過ぎなかったことを思い知らされた
『シャカリキ』も大概にテンションを上げられるマンガではありましたが、この作品ではさらに一歩、深い領域へと没入してしまいます
現在、中途で連載がストップしているらしいですが(オレがスキになるのってだいたいそうなる運命なのか?w)、とりあえずボレロ編はしっかりと描き上げられているらしいので、安心していまのところ出ている⑪巻までを買い揃えるとしましょうか
「おまえを殺してしまわないものは すべておまえを強くしてくれる」
_⑨巻作中で出てくることば もちろんダレかむかしのひとが言った格言の亜種か、そのものなのだろうけど、ボクがいままで聞いたもののなかではいちばん強い表現だったので、来るものがありました
※それにしてもこのひとが描くマンガに出てくるヤツらって、よくもまぁ超ドM(超弩級マゾw)が揃ったものだw やっぱ一流のアスリートや芸術家ってのは、どいつもこいつも超ドMばっかなのかな?w
オススメ度:★★★★★(また出た五ツ星!w)
窪塚の本格復帰作品は、なんと男クサ漫画でおなじみの土田世紀が描く『同じ月を見ている』に決まった模様! 主演ということなんだけど、研修医役ということは鉄夫??
あのマンガって、ドンちゃんが主人公じゃなかったっけか? どんな脚本になるんだ??
c(.д.c⌒っなにはともあれ復帰はめで鯛♪
(_というのも劇団の主宰さんから直接宣伝メッセがこのブログにあったので^^v)
なんでもこの劇団、立ち上げ15周年の記念講演にこの物語をチョイスしたとか
c(.д.c⌒っなんてエライんだぁ~っ♪
(ちなみにこの物語、どうやら過去にも別の劇団によって舞台化されている模様)
ところで現在の氷室さんですが、どうやらなにやら活動しているそうですよ
この劇団の主宰の方に質問してみたところ_
ちなみに原作者氷室先生とは直接はお話はしていないのです。編集者の担当の方を通して連絡していただいたので・・・。でも活動的に動いていらっしゃるようですよ。なかなかつかまらない感じでした。初演の時には直筆のお手紙を頂いたのが印象に残っています。今回も気に止めていて下さっているといいなぁ。(月光の森 天使のキャロルより)_とのこと なにしてんでしょうね、いったい^^; (やはり別ネームで・・・かな?)
なにはともあれ、大阪での公演のようなので、都合つけば行ってみてもおもしろいかも
ミュージカルってさっぱり見たことないけど、また直前になったら考えるべか(ほんとか?w)
|∇')ノとりあえず関西在住の(関西じゃなくてもいいが)氷室ファンの方は要チェックです!
場所:森之宮プラネットホール
2005年9月17日(土) 19:30開演
2005年9月18日(日) 13:30開演 17:30開演 (※開場は開演の30分前)
料金:前売1,500円 当日1,800円
Σ@@;げっ!いつのまに転球劇場、休団してたの?!
で、関西の劇団というので思い出したんだけど、福田転球率いる「転球劇場ていまどうなってるんだろ」と検索してみたところ、いつのまにか休団状態に突入してました^^;
福田転球といえば、いまや遠い記憶の思ひ出となった『パンチ・デ・ニーロ』という番組でレギュラー張ってたひとなわけだけど、どうにも最近、外部出演が目立つなと思っていたらこういうことだったのね^^;
『パンチ・デ・ニーロ』は、関西で深夜にやっていたアドリブ系演劇番組で、最初はかなりおもしろかったのに、なんか後半はたるんでいって、萎んで消えた伝説の番組
毎回、けっこう個性派の俳優陣がゲストで来たりして、また再開してもおもしろいかもしれない番組だったりする 今度は南河内万歳一座の内藤裕敬をメインにしてもおもしろいかも(このひとの声、ラヂオでしか聴いたことないけどねw)
『ガイドブック』_安部公房スタジオ
で、なぜかアドリブ系演劇から思い出したのが、安部公房スタジオの『ガイドブック』のこと
キーン 『ガイドブック』という戯曲ですけれども、もちろん、安部さんははじめから、ああいうような戯曲にしたいという意識があったのでしょうが、なにか安部さんにとって意外な発展がありましたか。この舞台には、田中邦衛なんかも出ていて、かなりスゴイ演技を見せているそうです
安部 最初から、なるべく、自分の考えを固めないように、ボンヤリさせておきましたから、さほど意外な発展というものはないんです。つまり普通だったら役をきめますね。その後で、たとえばこの俳優を役にどう近づけるかとか、いろいろ考えるわけですが、あの場合は反対で、その俳優の中にあるいろんな要素や、可能性や、魅力や、そういうものがどうシチュエイションを展開するかという形で本をつくりました。たぶん、ああいう脚本のつくり方は、ずっと昔はあったと思うのですけれど、いまはないでしょうね。シェークスピアなんかは、かなりそういう要素がありますよ。チェーホフにもありますね。
(安部公房、ドナルド・キーン共著『反劇的人間』より)
写真を見てもスゴイ迫力があり(今度あぷるか?)、いちどVTRかなにかで見てみたいものです
※安部公房スタジオの一期生には、俳優座を退団した田中邦衛、井川比佐志、山口果林、
俳優座に在籍のまま仲代達矢などがいる
昨日、朝から右目が原因不明の充血・・・
寝る前には、なんだかシバシバするくらい チンチンさわった手で目をさわった記憶なし
コシに痛みが走る
去年もあった、花粉症が終わる時期にくる腰痛
今年はまだマシだが、予断をゆるさず、整骨院通いの日も近そうだ・・・
ヽ( ´¬`)ノぁぁ、出費がかさむ とりあえず目医者が先か・・・?
かつてこの箴言をはじめて読んだとき、「ふ~ん、なるほどね」くらいの感覚だったが、
この箴言も通例によろしく、時代とともにその意味をすこしずつ変えてしまったようだ
街、とくに活気があるといわれる繁華街を歩くと、ボクはいつも違和感を覚える
ワイワイ、ガヤガヤ、表層上ではたしかににぎやかなのだろうが、
ふと目を見開くと、はたしてその空間に幾人のほんとうに生き生きした人間が存在するのだろうか、と
おなじような服装、おなじような髪型、おなじような話題、おなじような表情・・・
死体は腐ったミカンと同じで、その異臭すごく、周囲への感染率がきわめて高い
死体がそばにいると、こちらの気分も滅入ってきて、いつのまにか無気力になり、
異臭に無感覚なり、なにも見なくなり、やがて気づくと自らの足に腐臭を感じる
宰相、都知事、地方議員、、、死の匂いを強烈に発し、死体たちを最期の墓場へと誘う案内人
なぜこんなヤツらが宰相になり、知事になり、議員になれるのか?
それはおおよその地域で生者よりも死者が有権者数で上回るためだ
わざわざこの腐った投票に行くのは、生者よりも死への道連れをのぞむ死者のほうが多いためだ
人間は自らの感覚の鈍磨を改善ではなく、周囲を鈍らせることで帳尻を合わせたがる生き物だから
いま大阪の街、とくに繁華街には死の匂いしかしない
これはボクのレンズが濁ってしまったためだろうか?_おそらく両方だろう
死体を見るのはもううんざりだ
死臭がボクのすぐ近くの周囲にまで侵食してきている
不毛な会話、不毛な行動、不毛な泣き言・・・
死者を行き還らせる方法はもうないのだろうか?
それともそんなことを考えること自体が、死者にとっては迷惑なことなのだろうか?
生きるということは、なにかを生み出すこと
なにも生まずにただ消費するだけなら、たしかに人間に生きる意味などありはしない
死ぬまで死に続ける生活 それはそれで一種の心地のよさがあるのだろうか?
すべてを真っ平に、道連れに、ご破算の願望がこの世界には蔓延している・・・
ゼロになる願望?
リセット後にはどんな世界もいっさい待ってなどいないのだが、
すでに死せるのひとたちにはどちらでもよいことなのだろうか?