逸脱せよ!


by amnesiac7

2006年 09月 11日 ( 3 )

< 防衛庁:新「軍人恩給」を検討 退職自衛官、年金に上積み >
法改正も終わる前から、すでに「軍」扱いである 
「自衛隊の性格が変容したことを受けた措置」とあるが、「変容した」のではなく、「変質させてしまった」と正確に書くべきである さてこの先、日本を「進ませよう」としている道とは?

< 「扇動」排し「常識」を 小沢氏、基本政策を発表 >
いくらネガティヴ・キャンペーンの一環としての発言とはいえ、数年前まで超タカ派と評されていたはずの小沢一郎ですら、まともに映る現在
タカはタカでも、まだ少なくとも小沢は、ぶっ壊すだけの「破壊者」とちがい、「愛国者」ということなのかもしれない そんな支離滅裂な感想すら起こさせる現在
理想ではなく、まだマシな方、という情けない選択だが、安部とくらべれば、まだ小沢のほうが幾10倍ほどマシに思えるからおそろしい やはりいまは激動かつ劇場(激情)の時代のようだ

「国益」の観点からいくと、排他性を持つ右翼よりかは、融通のきく愛国者のまだマシというところか
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by AMNESIac7 | 2006-09-11 22:20 | ケイオス-フィリア
常識_自らが住む世界において、反復的に通用されつづける規則性、およびそれに伴う反射的反応

インターネット・メディアの登場などで、さまざまな情報を個々人が手に入れられるようになった現在
個別化は必然、常識から統合性、相似性を奪い去る
無限数の世界が提示され、個々人が細分化されてしまったため、通念的常識の範疇もまた野放図化され、かつ点在化されてしまった
この「劇的無制限化」からくる恐怖、ゆりもどし反応によって、自分で物事を判断する自信のないものによる、よりどころとしての「集団帰属の願望」が顕在化する

集団化は、自己の責任を放棄するかわりに、自己の判断をも停止させる
みんな(帰属集団)といっしょであるために、「おかしい」と思うことにも目をつぶり、思考を麻痺・停止
細分化の恐怖から集団に紛れ込もうとする者たちほど、都合のよい存在はいない

最近、異常に偽ブランドに執着するひとびとも、ひょっとするとこの手の心理が少なからずはたらいているのかもしれない、とふと思った
以前まで、猛スピードで流れる世界から、ふりおとされる前に自暴自棄になり、自分から落伍していくような連中の結果としての偽ブランド、だと思っていた(ムチャだなw)のだが、ひょっとするとこれは一種、迷彩的「よるべ」求めの結果としての偽ブランド所持、ではあるまいか、とも
どっちにしてもなさけなく、かつ危険な現象である

思想、信仰、物質、気運、「よるべ」はいろいろあるけれど、よるべを頼りに生きるということは、
みずからの思考を硬直・停止させる行為にひとしい
そして、思考停止してしまった者たちは、思考の代わりに感情のみを用い、「ひとでなし」になる
人間と動物を分け隔つ、唯一のカギをみずから捨てたにひとしいということ
家畜的安住と人間的孤独、どちらがしあわせかもやはり個々人次第だが、おれはまだ孤独の方がマシだと思っている(というか、「集団」というものに生理的嫌悪がある・・・て、けっきょく生理かよ!w)
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by AMNESIac7 | 2006-09-11 22:05 | 雑記・雑感

魔界転生

数年前、窪塚洋介主演(天草四郎役)の『魔界転生』を見たのだが、きょうは、沢田研二主演のむかしの方のやつを見た(といっても、出だしの方はヴィデオを録りそこねたわけだが^^;)

はっきりいって、ざんねんながら、窪塚版よりもジュリー版の方がはるかにおもしろかった
おれ、かなり窪塚好きなんだけど、窪塚版は脚本からなにから最低で、沢田版よりもはるかに落ちた
どっちにしろ、よくもわるくもB級映画なのだが、沢田版の監督は、かの深作欣二で、当人みずからが脚本にも関わっているという熱の入れよう おのずとその差も理解できるわな、と

それにしても、当時の沢田研二には、どこか常人離れした妖気があった
演技力云々の話ではなく、個人が放つオーラ自体が、マネしがたいものを感じさせた
ほかの個々人も生き生きとしていた深作版、なかなかのものでした(60点)
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by AMNESIac7 | 2006-09-11 21:30 | まれに映画なぞ