逸脱せよ!


by amnesiac7

2005年 09月 14日 ( 4 )

しんはしんにやどる

b0006096_2311938.jpg神は心に宿る
窪塚洋介の今回の旅は、そんなことにも触れた貴重な旅だったと、あとあと気づかされることになるのではないだろうか
否定ではなく、それを「認め」、しかも「尊重」する
そんな姿勢が、番組に出てきたたくさんのネイティヴ・インディアンたちの根本にはあったように映った

今回の旅、窪塚洋介が失ってしまいかけたものをもう一度、見つけなおす、
そんな意義もあったのではないだろうか
儀式などに対しても、以前の窪塚のように前のめりにはならずに、多少の抵抗が見てうかがい知れた
さまざまなものに傷つき、いままでそれは真実ではなかったのかもしれない、とも思ってしまったこと
そして、そういう体験をしたうえで、またふたたび自分に向き合い、ひとに向き合うということ
いきなりカンペキな復活なんてありえないけど、かなり良いリハビリになったはずだ
信じる気持ちは踏みにじられる しかし、踏みにじられてもなお、さらに信じるこころを失わず、
前に向かって生きているひとたちがいる
美しいのは人間だけじゃない すべてが美しく、友であり、美しいと感じれるこころが、もっとも美しい

TBS特番『窪塚洋介 ネイティブ・アメリカン紀行~魂に触れる旅 聖なる大地へ~』を見て
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by AMNESIac7 | 2005-09-14 23:14 | 窪塚洋介

晴れの日ユキちゃん③巻

b0006096_2003856.jpg4コマ漫画を読んで泣く
といえば、一瞬、「あん?だいじょうぶか、おまえ」とお思いになる方も
多いでしょうが、このマンガはズバリそうなのだから仕方がない
感動するといわれる映画や小説では、まったく泣くことのないあむ太郎
しかし、このマンガだけは例外も例外ですた
きょう、ブックオフで③巻を見つけますた
すでに①巻は持っていたのですが、どうやらこの③巻でおわり
最後らへんでは思わず涙涙・・・
ほんとによいマンガです
※内容にはあえてふれません 興味のある方はぜひ実際にどうぞ
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by AMNESIac7 | 2005-09-14 20:07 | まんが王
このごろボクは、ひとつの思考の迷路のなかを彷徨っていた
大事な物事について考えないひと、考えたくないひとというのは、いったいどういった精神構造で
そうなってしまっているのか、と
しかもそれが、社会レヴェルでの気運であると、たいへんショックな宣告を受けてしまったため、
もうなにやら世の中すべてに暗澹たる気分を持ってしまうような気分だった
しかし、そこには以外な盲点があった

ボクは「考えないひと」について考えるとき、「考えないひと」についてだけに強くとらわれていた
そして、それらの理解しがたい構造とヤル気のなさに、こちらまですっかりと毒される気分だった
だが、このアプローチの仕方は根本的にまちがっていたのかもしれない

「考えるひと」、「考えないひと」を考えるとき、「考えないひと」について深く考えるよりも、
「考えるひと」というのが、なぜ考えるようになったのか、ということについてを考えるほうが
有意義なのではないだろうか、とひらめく
もうここまで来ると答えを導きだすための思索はカンタンになった
「考えるひと」という逆説的存在の考察を持って、「考えないひと」にアプローチする
これならば、ひとつのある程度は納得のいく一説に辿り着けそうである

「脳」というのは、結局つまるところ、「快感」を栄養として成長していくものである
一見、息のつまるような勉強や研究でも、それに対する「報い」、「評価」を受けることによって、
それらは一気に「報われた気分」となり、さらなる勉学へと加速する栄養素となる
思考をやめようとしないひとたちいうのは、こういった自分が支払った労力に対し、「正当な評価」を
受けた経験が少なからずあるひとたちなのではないだろうか
(もちろん、正当な評価を受けれていないひとのなかにも、「なにくそ、いつか見てろよ」という自家製の反骨精神で、日々、勉学にいそしんでいる素晴らしいひとの存在も認めないわけにはいかないだろう)

かんがみて「考えない」、「考えたくない」というひとたちとは、いったいどういったひとたちであるのか
逆説的論法を用いれば、あまりシンプルな答えで疑念も残るが、「認められた経験があまりないひと」
たちなのではないだろうか、と
こどものころから、ひとから正当な評価を受けれずに、考えることがだんだんとバカらしくなってしまった、あるいは思春期の折にでも、完全に公正から逸脱した論理で強く自分を否定された経験のあるひと、といったところなのではないだろうか
そういった経験は、思考を止めてしまうのに十分に値する要因となりえてしまう
なにを言っても否定され、なにを言っても評価されない、そうなってくると、もう「なにも考えない」
という選択を、自己防衛本能からも自然、半ば強制的にチョイスさせられてしまうだろう
ここまで想像してしまうと、現代社会の持つ構造上の病巣そのものに触れてしまった気になってきて、今度は怒りとは逆に、なんだか悲しい気分になってきた

すべてはあくまでもボクの想像、というか妄想の域のお話ではあるが、
ワケもなく、なにかを強く否定したり、なにかから必死に逃れようとする行動の心理は、
そういった経験の積み重ねから得てしまったフィード・バック的行動の一端なのかもしれない
逆方向からアプローチしてみたら、こんなひとつの答えがかえってきた
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by AMNESIac7 | 2005-09-14 18:11 | 断想

坂本龍一氏も怒る!

岐路(9月13日付日記)

吉村氏以外に、まともに怒りを表明しているひとはいないのか、といった矢先、
このブログのコメントカキコさまよりこちらを紹介していただきました

なるほど、ボクは彼がなぜに「教授」と呼ばれているのか、ついぞいままで知りませんでしたが、
どうやらこういった冷静な視点をお持ちになられていることが、みなが彼を教授と呼ぶ
所以なのかもしれない
こういった数少ないオピニオン・リーダーは、どんどんと発見していきたいし、どんどんと紹介して
いきたいものです(*- -)(*_ _)ペコリ

新聞紙面などでも、いよいよ今回の風見鶏選挙の意味を検証する作業がはじまったようです
今回の選挙結果が、後々どういったことに発展していくのか、これからしっかりとみなさまに
考えて、吟味していただきたいものです
文盲でもないのに、文章を読まず、なにも考えないのは、人間としての数少ない、大きな罪悪です
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by AMNESIac7 | 2005-09-14 17:32 | オススメなのか?