逸脱せよ!


by amnesiac7
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ターネーション

「天罰」でもなんでもない レニーの事故以外はすべてが「人為」だ

強烈な断片の連続、そして繰り返し ジョナサンにとってのカメラが持つ意味
存在証明、告発、そして内省 年齢を重ねる過程で変遷する位置づけ
おそらく心理学者なら、輪切りにして眺めてしまうような作品なのだろうが、終盤をむかえてこの作品から受ける感覚は「磨耗」である
ジョナサンは、幼年期の過酷な体験からくる感情の破綻をカメラを通して、表現、編集、省察する
少年期の完全な分裂も、年を追うごとにゆるやかになり、終盤ではほぼ正常に(という表現が正しければ)近い状態にまで取り戻すが、「レニー」という存在がトラウマを完全に消し去らせてくれない
これは暴論の部類だが、レニーに対して消し去りたいという思い、そして唯一かけがえないのない母親という存在、トラウマに対して自分が起こした症状の正体と相対す
そして、やはり逃れきれないのか、という強迫観念とそれから引き起こされる「磨耗」
このドキュメンタリーを編集し終えたあと、彼はおそらくただただ疲れきっていたことだろう
自分の半生の総括 そしてまだ出口には到達していないという閉塞
だが、いまの彼には父親も帰ってきたし、信頼のおける恋人もいる
いまにも消え去りそうな炎を感じさせるが、彼にとってなにが正解なのかなど、ボクには到底いえない

魂の救済、脱出、そして贖罪
それらはざんねんながら、神によってではなく、ひとから、自分からひねり出さなければならない
ターネーション」というタイトルに、さらに報われることのない救いのなさを感じてしまう

映像としては、きわめてよく編集されているといえる
精神の分裂、コントロールを失った人間の感情の変転が皮膚感覚で伝わってくる
次に何がくるのかという気配が、つぶさに見てとれて、「表現者」としての感覚、というよりも切実さがひしひしと伝わってくる、そんな編集だった

だが、いまこうやって視聴感想を書き記しながら、この作品を見たほかのひとたちの感想を見ると・・・
悲鳴に対する拒否反応、あるいは自分と同調する部分への拒絶反応が、見た側の二次誤解を生み出しているのだろうか?

この映画は感動する映画ではない 見てなにかを得るわけでもない でも見るべき映画 そんな記録
バカな批評家たちが「批評すべき映画」と勘違いしている
見るべきところを見ずに、無慈悲な「なんら意味をなさない客観論」を並べてる
しかも、この客観は主観(皮肉な視点)丸出しのエセ客観論だったりするから、目もあてられない
やっぱみんな、多かれ少なかれ病んでいるんだな
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by AMNESIac7 | 2006-10-28 00:13 | まれに映画なぞ