逸脱せよ!


by amnesiac7
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断想_「自殺について」

12日、埼玉と神奈川で集団自殺の現場が発見された。自殺者は20~34歳の男女と若い。
カレらは、いったい何に「絶望」したのだろうか?

「絶望」するには、「夢」に対する「熱望」の存在が必要である。
カレらは、どんな「夢」を持ち、「絶望」したのか?
自らを死に至らしめるほどの「夢」、いったいどんな「自己の理想像」を思い描いていたのだろうか?

こういう自殺者が出るたびに、「自殺するヤツはナルシストだ」という言葉が思い出される。
夢や自分の理想像を持つことは、決して悪いことではない。「生」に対する重要なエネルギー源でもあるわけだから。
しかし、その夢に心が折れそうになったとき、夢に「殉死」するという選択は、いかがなものだろう。
夢とは、「生」に対するエネルギー源ではあるが、失われたからといって、それが「死」を意味するものではないはずだ。安直な逆説を元に絶望するのは、未熟な若さの特性である。

自らが思い描いた理想像に、心が折れそうになったときは、その夢を一度、口に発してみればよい。
夢とは得てして、言葉にすれば醒めるものである。
言葉にすることによって、右脳に過多していたその(夢の)処理に、左脳による冷静な「分析」が加えられる。醒めてみる夢
自分の描いていた理想像、その全体像、その夢の実現性、すべてを一度、醒めたその目で吟味するべきだ。その理想像の実現のためにいったい自分はなにをしたのか? だんだんバカらしくなってくること、受けあいである。

「自殺とは、より高次なる生への欲求である」と言ったのはダレだったか?
言い得て妙である。
こういった自殺者は、みな大きな理想像があったにちがいない。
しかし、設定する理想像が、いきなり高すぎてはいないか?
理想像を思い描き、それを達成していくひとたちというのは、みな目の前に「クリアできる」小ハードルを設定し、コツコツとそれを積み重ねてきたひとたちだ、ということを看過してはならない。
あなたたちは、果たしてその努力を自分に恥じないくらいしてきたのだろうか?
目標設定の仕方を知らないのは不幸だ。
よもやイチローが、才能だけでいきなりあれほどの境地に達したと思っているのではあるまいな?

人間は、愚かにも忘れやすい生き物だ。
一度、たまたま労せずして手に入れた幸運を、何もしなくてもまた手に入れることができると勘違いしてしまうことの、なんと多いことだろうか。
もし自分が報われないと思うのなら、世界に目を向けて考えばいい。
自分の住むこの国に戦争は起こっているか?
自分の五体は満足ではないのか?
生まれてきたという幸運すら忘れてはいまいか?
そして自分はどんな矮小(わいしょう)な夢に絶望しているのか、目を醒ましてもう一度、見ればよい。

人間は忘れやすい生き物だ。
しかし、それは愚かではあるが、天の恵みでもある。
絶望も時間によって流される。
歳を正確に重ねれば、絶望することにも絶望する日が必ずくるはずだ。
未熟さに対する絶望、それを成熟という。
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by amnesiac7 | 2004-10-14 12:24 | 断想