逸脱せよ!


by amnesiac7
カレンダー

2010年 05月 11日 ( 4 )

現実から薄れるリアリティ

現実すら絵空事のよう

なぜだろうか?

答えは刹那 ファスト過ぎる社会

スロウの中に堆積していく感情が、ファストによって流れていく

ファストは反射の領域を高め、思考にまでは至らない

立ち止まれ 意味もなく流れ続けるな

そして流れを起こせ 自分の、自分自身の思考による

そういった人間の有機的結合体としての街を再構築せよ

刹那的断片化時代を終わらせるべきときが来た
[PR]
by AMNESIac7 | 2010-05-11 23:30 | 雑記・雑感

木村紺が良すぎて困る

木村紺
これは大発見!買い漁るよ!!
[PR]
by AMNESIac7 | 2010-05-11 22:03 | まんが王

優しさを求めながら

優しさを求めながら、自分のなかの優しさが死んでいることに気づかない者が多すぎる
[PR]
by AMNESIac7 | 2010-05-11 20:25 | 雑記・雑感
知。想像力、創造力。
高次な知を求めるとき、さまざまな知識の連結がカギとなる。
一方向に偏らない、多面的知識、経験則からによる考察と構築。
知識は多ければ多いほど良い。統合しうるだけの能力があるのならば。
電気信号が走る経路の拡大こそが、叡智というものの本質ともいえる。

人間は(自らの)理解者を求める。
ひとが他人を理解するとき、それはその人間が「理解しうる範囲」までの理解でしかない。
自らに高次な知の獲得を課している者は、半ば理解者の縮小の覚悟が必須となる。
一般の知からの逸脱は、必然的な孤独を生み出すのである。
それがイヤならば、知者の集まるところに行かなければならないが、それもやはり社会的には小さな
コミュニティであり、また自らを知者と認識する以上、愚的情念に悩まされることとなる。

個人的幸福を考えるときに生まれる知のリミット。
だが、このリミット設定は往々にして低い。なぜか?
ひとは皆、他人を愚かであると考えているためだ。
加減、按配の難儀さは何によって生まれるのか?
言葉の拙さによってである。
ひとは、その個体が持つ知よりも、はるかに低い言語能力しか持ちえていない。
自らの感情、考えを正確に伝える能力と、相手のそれを理解する能力の未熟さに起因する。
「伝わらない」と感じていながらも、これを磨こうとしないのはなぜか?

他人と話すとき、他人を見ていない。
自分の中のものだけで一杯になってしまっている。
「理解」という姿勢自体が、最初から備わっていないためだ。

知の拡大、理解の上昇のカギは「滅私」にあるのだろうか?
個人主義社会から、さらにバラバラな状態にある現在で、知は果たして?
やはり知は孤独のなかにあるのだろうか?

ボクは他人に(ひとそのものには)興味がない。けど「読み取る」ことには、いつだって興味津々だ。
だけど一般には、興味があるけど、読み取る気はない、という人間がほとんどな気がする。
そもそもそれはなぜなのか? やはりボクがおかしいだけなのだろうか?

ボクは、何ひとつ突出した知を持ちえているという実感はない。
けど、この孤立感はいったいどこからくるのか?
いくら積極的に、社交的に振る舞い、たくさんのひとから、陽気な人間と思われても、ボクの中の闇
(病み)は深くなる一方だ。
ボクが冗談しか言わないのは、冗談しか伝わらない環境にいるからだ。
方向が間違っているのか - 否、間違ってはいない。何もかもが間違いなのだから。
世界に正解は、なにひとつない。全てが正解だし、間違っているのだから。

-------------------

正直、最近、疲れきっている。
なぜボクは、ここまで闇を増幅させ続けているのか、と。
なにかを増やすのではなく、捨てなければいけない時期に来ているのだろうか?
でも、ボクが自分のなかの何かを切り捨てるということは、「自分殺し」にほかならない。
死にながら生きるなんて、考えるだけでうんざりだ。ああ、困った。袋小路だ。
[PR]
by AMNESIac7 | 2010-05-11 20:12 | 雑記・雑感