逸脱せよ!


by amnesiac7
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2005年 06月 24日 ( 1 )

境界線

いま住む世界
一線を越えたあとに住む世界
浮世の価値の希薄さは、境界線をも希薄にする
それは38度線やベルリンの壁などとはちがい
歩いて渡れる国境線

なぜ現在、殺人級の重犯罪ですら、毎日のように発生し続けるのか?
特に若年層による犯罪の増加は、年を追うごと、加速度的に悪化しているように思われる
よく「光の無い社会」などと気取ったことばを口にするひとたちがいるが、
それがなぜなのか、みんなに問いたい

「ことば」は大事だ 「ことば」には魂がある
ボクらは、日頃のそのあまりにもな使用頻度の高さから、
「ことば」が危険な道具であることを忘れがちだ
それは炎とかわらず、ボクらを暖めることもできるが、
使い方をまちがえば、ボクらを焼き尽くすことすらある取り扱いのむずかしい道具
本人にはその気がなくても、気づかぬうちに他人を焦がしていることも、ままである

先日、両親を殺害した少年は、父親からの蔑みと
母親がいつも忙しくて「死にたい 死にたい」といっていたのを犯行の動機にあげていた
一見、父親のとった行動が大きな要因になったようにも思えるが、
実のところ、母親のこの発言もやはり同程度のウエイトを占めていたのでないか、とボクは思う
本人からすれば、あくまでも口だけの愚痴であっても、
少年からすれば、そのことばは毎日聞くには堪えず、ほんとうに辛かったのではないだろうか
大人のいう「死にたい」が、「生きたい」の裏返しのことばだなんてのは、
まだ高1の少年には、なかなかに理解できうるものではないだろうから
大人が住む(見る)世界とこどもが住む(見る)世界とでは、相対的に大きな差があり、
こどもにとっては、やはり家という場所はあまりにも大きな世界である
その世界の大半が、慢性的に希望の持てないネガティヴなものだったとしたら、
多感な時期を迎えたこどもたちにとっては、耐え難い痛みとなるだろう
少年が母親を殺した動機は、大人からすれば理解しがたい利己的な行動であっても、
少年の持つするどい感受性からすれば、単純に利己的とはいいがたいのではないだろうか

いまの大人は平気でバカなことを口にする
ネガティヴで非建設的、希望も創造性もない腐ったことばを
先の暗い世界を 先の見えない自分の将来を 近くにいるこどもたちにも聴こえる声で
自分の非生産性を棚に上げ、ただただバカみたいに崩壊した「社会の道理」を語る
自分が目暗だからといって、ほかのひとに目を開けてもらうのではなく、
まわりが自分と揃うように周囲も自分といっしょの目暗にしたがる
「ことば」には魂がある 社会を腐らせているのが自分たちの吐く「ことば」が原因であるということを、
もうすこし大人は自覚しなければなるまい
いまこの国の社会は、盲人に先導されながら宛なく進む、滑稽なものとなりはじめている
ネガティヴで非建設的、希望も創造性もない腐ったことばしか吐けないような連中に引き連れられる
哀れな気病み

立派な大人 どうすればなれるのか?
「なろう」と思えば、それはなかなかにむずかしいことかもしれない
しかし、「なろう」とは思わずに「でいる」ならば、いつだってそれなりにはできるのではないだろうか
ボクらだってそれほど馬鹿じゃない
どういった人間が「立派な大人」といえるのかはある程度は理解しているはずだ
そして理解しているからこそ、そう「なる」のはむずかしい、と思うのだろう
だが、そう「演じる」くらいのことなら、一時的にでも可能なことでもないだろうか
その「立派な大人」像も、ある程度は理解しているのだから、それなりの演技をしてみせるくらいなら、それほどは問題もないはずだ
「立派な大人」なんてものは、もちろん突然なれるようなものではない
だから日々すこしずつでも試行錯誤しながら、自作自演していくほかない
まず近くにいるこどもたちをだまし、最後には自分もだまされるくらいまでいければ、
それはもう「それなりの大人」くらいになら、なれること受けあいである

いまこの国では、少子化も叫ばれてはいるが、
少大人化の問題のほうが、実は大きな問題なのではないだろうか、とボクは思っている
こどもたちに社会の愚痴をいう大人、こどもたちに先行きの暗さを説く大人、
大人がこどもにこどものように甘える
こどもがいなければ、やはり周りのこども大人に甘える
そんな世界を見て育つこどもたちに「自暴自棄になるな」なんていう権利が、
はたしてボクら大人と呼ばれるこどもたちにあるのだろうか
1億総こども化時代のいま、ボクら年長者は、嘘でも大人を演じなければならない
それが大人としての義務というものではないだろうか

嘘はつき続ければ、事実とはならなくても、直に真実にはなる
いまボクらの住む世界が、いままでついた嘘によって腐ってしまったのならば、
今度もまた嘘であっても希望の持てるような世界を作らなければ、
いまのこどもたちに不公平というものである
非生産的、非建設的なことばをボクらは追い出してしまう必要がある
世界とは常に希望の持てるものであるべきだし、またそうでなければいけないものだ


※そういや「ことば」について、なんか以前にもやった感があったと思っていたら、
カテゴリ[断想]の「ぶっちゃけと言霊」でもやってましたね なんか重複するところもあるけど、
いつも来ていただいている方は、「いつもどおり」ということでメンゴですw
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by AMNESIac7 | 2005-06-24 21:00 | 断想