逸脱せよ!


by amnesiac7
カレンダー

2005年 01月 21日 ( 3 )

< 警察不正:「負けたら死ぬ覚悟」現職警官が手口証言 >
すさまじい内容の記事だ
愛媛県警の捜査費不正支出問題で、ついに現職警察官が全国で初めてカメラとマイクの前に立った

警部補への昇進試験を受けた際、当時の署長に「偽造領収書を書いていないので、君は受からんよ」と言われた _と不正への看過だけではなく、教唆までこのひとは受けたという
カレが圧力を受けていたのは95年までということで、もう10年も前の話となるが、それでもその間、それらが改善されることはなかったのだろう 
今回の証言にあたっても、何度も引き止られたというのだから、自浄作用への期待の余地もまったくの皆無とだったといえるだろう・・・とんでも話である
[PR]
by amnesiac7 | 2005-01-21 20:50 | ニュース

紳助の目が・・・

島田紳助の目が死んでいた・・・
さっきひさしぶりにTVで見かけた
毒気も9割減の印象・・・
やったことはともかく、なにやら切ない印象だ・・
TVというメディアは、そのひとの心象を容赦なく映し出す すこし同情してしまった・・・
[PR]
by amnesiac7 | 2005-01-21 20:32 | ゴシップ・世俗系
当ブログを閲覧されている一部の方々への疑問_

ブログとは、新聞やTVなどのマスメディアと並列して捉えなければならないものなのであろうか?
最近、記事に対するコメントなどを見ていて、しばしば考えさせられる
新聞やTVといったものならば、ある程度、本人のその意思とは関係なく、日常、目に飛び込んでくることが多い
チャンネルを回したり、街を歩いていて、ふと見出しが目に入ったり・・・
しかしブログの閲覧は、当人の意思にほぼ委ねられている
見たくないもの、見る気の起こらないものを目に入れない これは至極簡単なことのはずだ
ボクの書く記事を不愉快だというひとがいる そう感じるのは一向に個人の自由である
だが不愉快というひとは、何のためにわざわざこのブログを見にくるのであろうか?
もちろんボクがわざわざ宣言するまでもなく、このブログには、マスメディアのような大きな影響力もなければ、伝播力もありはしない
全くもって取るに足りない一個人の声ではないのか?
このブログで書かれている社会的な属性の記事は、主義や思想といった仰々しいものではなく、単なる思考・私見の擬似内証行為の記録でしかないのだから

そのそもブログとは、気の知れるなんとなく趣味の近しい連中が集まって、勝手にワイワイできる息抜き代替コミュニティではなかったのか
たまたま不可抗力で迷い込んでしまい、ついでに反対コメントを書き込んでいくのは十分に理解できることだが、接点がないことを解っていながらも、幾度となく訪問される方というのは、いったいどう行った心理で毎度訪れられるのであろうか?
よもや、他人の思考にまで口を出さずにはおられないアメリカ政府のような、秩序の検閲官気取りだとでもいうのであるまい?
ボクは本人的にはバランス志向者、世間一般でいえば天邪鬼な性格であり、社会が右といえば左を向き、左といえば右を向くというような男だ
ボクの書く記事を左翼的だというひともいるが(左翼と断定するひとすらいるがw)、もしそう映っているとしたら、それはボクの皮膚感覚が世間を片側(右)傾化していると捉えており、その反証的意見の提示が左翼的に見えるのだろう
本人としては左翼的なつもりはさっぱりなく、次に世間が左傾化する兆しがあるというのならば、今度は右翼的に映る発言をおそらくするだろう
ボク自身は単なるバランサーのつもりであったりするということだ 
(詳しくは前記事のコメント欄で述べているとおりです 起き抜けのカキコなので文章力は「?」だが)
何人の介入も許さないが、何人への介入も望まない 
いわば一匹狼というのが、おそらくボクなのだろう

この国を愛し、繁栄を願う心には、いろいろな種類のアプローチが個人個人にある
よもや自らが住む国の繁栄を願わない者がいるであろうか?
だが、繁栄の理想像の在様もやはり、個々人大きくちがっているらしい
ボクが望む理想像は、ダレも切り捨てられることなく過ごせる社会だ
それは右翼や左翼と呼ばれる極端なひとびとも「全て入れての社会」である
ダレかを切り捨てて突き進む社会 簡単な発想にはボクは賛同しかねる ただそれだけのこと
[PR]
by amnesiac7 | 2005-01-21 18:11 | 断想