逸脱せよ!


by amnesiac7
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右翼、左翼という言葉

右翼と左翼
ぼちぼちボクたちは、この言葉から離れるべき時が来ているのではないか?

保守と革新 国粋と自由主義
どちらも"短絡"の状態であり、突き詰めて考え抜けば、どちらからも中庸に近い位置に到達するはず

右翼でなければ、左翼扱い 左翼でなければ、右翼扱い
なにも考えずに「自分は右翼だ」あるいは「オレは左翼だ」などと、今もなお信じている低脳たちによって、しょうもない強制区分けが、長期的に漫然となされてきた
だけど、けっきょくのところ、重要なのは、その人間の"人間性"である

右翼・左翼という線引きは、現在にいたっては、もうあまり有用なものだとは言えなくなってきている
利欲ギラギラのエセ右翼、なんちゃって左翼による仮想敵、偽装味方作りの道具としてしか、もう意味は残されていないのではないだろうか?

いま叫ばれる右傾化、あるいは左傾化
でも、よくよく眺めていくと見えてくるのは、"短絡化"これがいちばんの問題なのではないか
現状によって引き起こされたと信じている"鬱屈した気分"を解消するために、採用したい強引な手法
これが右翼的か、あるいは左翼的かによって、現象としての傾きが発生している
だけど、原因のほとんどが自分たちでもよく理解できていない"気分"によってなのだから、右にも左にも社会という船は揺れ続ける

ちょっとおもしろいなぁ、と思うのは、言葉としての右翼と左翼の関係が現在、なにやら反転してきているように思えるところ
一般的に左翼的と呼ばれているひとたちの多くは、穏健な最低限の現状維持をねがう保守主義者のようであったり、右翼的と呼ばれているひとたちが、攻撃的に「憲法を変えろ!」「軍隊を持て!」などという改憲・革新派であったり
辞書で引くところの保守と革新の関係が、キレイに入れ替わってしまっているではないか?
そして迫り来る未曾有の、自分では予測できない闇(病み)への過度の怯えから生まれる国粋的な何か(自分たちを守る外壁への希求)の兆候は、左右両方向からも見てとれたりする

いちばん怖いのは、過度の恐怖心から生まれる思考不能であり、そんな状態での"本能"は、かならずといってよいほど、よりひどい間違いを選択するようにできているところだ
とりあえず、他人を必死に敵味方に線引きしたがっている人間を見かけたら、注意するべきだ
彼らは自分を守るのに必死なだけで、敵になるにせよ、味方になるにせよ、ぞんざいな対応しか仕掛けてこないだろうから 関わるだけ損というものだ

右も左もいつだって、短期的な利害のためだけの振り子なのだから

追記:考えること、感じること
どちらも必要だけど、ひとつだけだとバランスが悪い
だけど、特に性質が悪いのは、"感じるだけ"の人間だ
感じるために必要なアンテナは、思考によって磨かれるのに、思考作業というメンテナンス、バージョン・アップをおろそかにして、狂ったままの受信配信を犯し続けている人間が非常に多いように映る
自分の頭のなかで映し出されている世界は、実世界のそれに近い像を描き出せているのか?
いつだって注意しなければいけないし、修正していかなければいけない
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by AMNESIac7 | 2008-10-14 23:09 | 雑記・雑感