逸脱せよ!


by amnesiac7
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理由付け

現実が上手く転がっているのなら、「理由」なんてものを求める必要はない
現状に何かしらの不満(あるいは不安)があるから、理由なるものが必要とされるのだろう
理由は論理的なものであるように見え、また論理を活用しようとするものだが、出発点にはやはり感情、とりわけ負の情念が存在し、ひょっとすると理由は、ほとんどの場合で"言い訳"の域を脱することができないのかもしれない

感情のベクトルが不在の「理由」などというものは、はたして存在しうるのだろうか?
自らの感情を正当化させるための屁理屈、手続き
技術的研鑽によって引き起こされた総迷子状態
ラクな方に、さまざまなものを投げ捨てるかのように、それを熱を持って真剣に考えているかのように、騙る、他人に、自分に

文科系トークラジオ Lifeの過去配信を何本か聴き続け、最初は楽しんで聴き流していたのに、だんだんイライラしてきている自分に気づいた
何事にも分類をつけ、理由付けをする作業 それが研究者であったり、批評家の仕事なのだろうが、知識=知恵であるかのように、引用ばかりに終始し、感情を置き去りにするのはどうかと思うようになってきた(というボクこそ、ついこのあいだまで情念型人間を否定することに終始していたはずだが・・・^^;)
社会等を語るときに使われるマクロな視点 ミクロな個人の集合体としての社会
傾向、全体的な気分、時期、季節
たのしい話なはずなのにイラつく理由は、それらを踏まえたうえでの熱い"個人の火"の不在にある
当人たちは感情を抑え、大人な対話、トーク展開をしているつもりなのだろうが、いざむき出しにしたときに、果たして当人たちが所有していると信じているほどの、どうにもコントロールできない"煮えたぎる何か"がそこにはあるのだろうか?
理性だけでは、社会は動かせない 動かす気でしゃべっていないのなら、このブログ同様にただの"ボヤキ"でしかない(しかも、マスメディアを使った大仰な)
一聴するとためになりそうな知識、の羅列
ボクもやはり知識は好きだけど、知識だけだとアタックがない
そういう意味でも、この番組に出てくる森山というひとは、唯一のアクセントといえるのだろう

とはいえ、TVで流される討論番組(屁理屈に対する屁理屈ショウ)よりかは、よっぽど聴きごたえがあるのも事実だ
ただ、敢えて問題提起をする人間も、もうすこし置く必要がある
大人の目線で若輩である司会者を生温かく見守り、フォローするだけのサブでは、やはり限界がある
糸井重里が来た回は興味深かった
(偶像を持った権威的な)観念と(脆弱な)論理の対決 鈴木が噛み付けば、もっと面白いものになっていたのだが、必要以上に糸井のことばを重く感じたのか、壁を回りながら突つく程度に終わった
だけど、こういうかみ合わない(役作りのちがい?)、むずがゆいなかに、人間が成長していくうえでのヒントが隠されていて、答え(応え)を求めて、闇雲に噛み付き、失敗し、ひっくり返るショウをこそボクは期待していたりするのです
それを演じれる程度には、この番組の出演者の能力を評価しているので、やっぱりまだまだ過去の配信を・・・あれ、ひょっとすると現在のものでは、もうすこしカックイイ大人になっているのかな、鈴木くんも?(まぁ、なんでもバランスです まったく逆の番組なら、また真逆の文句書いてるだろうな、オレ つーか聴かんか)

追記:ただ現在、世に出ている人間のなかに"役者"が少ないのもまた事実であり、面白い番組=面白い人間が出ている番組を作るというのは、相当にむずかしいのも重々承知なので・・・うん、この番組がラジオではいちばんおもしろい、と言っといてやる!(あいかわらず、何様だ、オレw)

追記の追記:いま読み返して気づいた ところ、どころ論理破綻起こしてるやないか、今回の記事もw
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by AMNESIac7 | 2008-10-12 22:50 | 雑記・雑感