逸脱せよ!


by amnesiac7
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ことば、あれこれ

ことばというもの
まるで精度の低いコミュニケーション・ツール
いくら使い手が習熟していようとも、受け手のフィルター次第では、
その内容は常に改竄される可能性を孕んでいる
言語を正確に有効利用するためには、自己客観性が必要不可欠だが、
この精度を高めることによって手に入れられるものは、やはり客観性を持つ読み手以外にはない
逆に精度としてはきわめて低いことばでも、伝わる相手には、ことば以上に伝わったりもする

「ことばは感性に依存する」
そう言い切ってしまえば、とても楽ではあるが、それまででもある
感性が合う、チャンネルの同調性
もっとも頭を悩ませずに忌憚なくことばを利用できるのは、そういった相手だが、
ことばを「コミュニケーション」の道具としたい場合は、やはり合わない相手に通じてこそ、である
(合う者同士の会話は、ほとんど「交感」に近いもので、意識性ではすこし落ちる)

扱いがむずかしい道具 むずかしい相手とのコミュニケーション
むずかしさのわずらわしさと「おかしみ」
エネルギー次第ではあるが、異感覚は常に観察の対象とすべきだろう
そして複数の感性の通訳、あるいはエスペラント語のような共通言語を生成ができる者に
なれれば、みんな言うところのないはずである
まれに現れる傑出した作家や評論家というのは、こういった者に近い位置にいるはずだ
極端に論理の違う構造を持つ人間以外には伝わることばの創造
ただし、単純な、シンプルなことば
単純だから、なんとなくは多くの人間に伝わるが、なんの内容もなさないことば
こういうものはまちがえて数に入れてはならない

論理的にも構造的にも成熟した言語 
大きな差異を生ませる余地が少なく、かつ多くを正確に伝える言語
それが一色汰の教育によってではなく、知性的プロセスを辿って形成される
あるいは爆発的な才能持つ一天才によって生みだされる
ひとは後者を求めるだろうが、ひととして求めるべきは、もちろん前者である

「伝わらないこと」を逆手にとって悪用する知恵
この点のほうが「伝えること」よりも習熟されているのが、実際の現代社会なわけだが
現在が常に行き止まりとは限らないのだから、逆転があってもいっこうにかまわないはずだ
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by AMNESIac7 | 2006-09-17 21:41 | 雑記・雑感