逸脱せよ!


by amnesiac7
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安部公房の現実感覚

安部公房の初期のエッセイ集『砂漠の思想』を再読しはじめて、気づかされるのはやはり安部くんの鋭い洞察力である
日本の防衛体制が拡大するにつれて、やがて祖国だとか、愛国心だとかいう国民的倫理が幅をきかせるときがやってくるだろう。
                       (中略)
戦時中だって、多くの人は愛国心など本気で信じていたわけではない。そういわなければ村八分にされてしまうし、とにかく口にとなえていさえすれば安全なのだからと、ただ機械的にくり返しているうちに、いつかそんな気持ちになってしまったというだけのことである。
                       (中略)
自由な十代たちは、いつだって愛国心など知りはしなかったのだ。それはアンデルセンの「裸の王様」に書かれているとおりである。
                       (中略)
現代の王様は「裸の王様」の王様のようにお人好しではない。裸だといって笑ったこどもを引っ捕らえて、即座にたたき殺してしまうにちがいない。そうすれば、こどもたちはふたたび王様の、見えない着物が見えてくるといった仕組みなのである。
                                        「裸の王様」とこども
この優れた推察は、まさに現在の正鵠を射抜いた過去からの矢といったところだが、これはなにも安部公房の先見性が特別優れていたからというわけではなく、歴史があまりにも普遍的であるということを意味しているからではないだろうか
過去から、あてずっぽうに放たれた矢ではなく、過去にもその過去に同じような矢がバンバンと放たれていて、それを安部くんが正確に分析しいたにすぎないということ
歴史は繰り返される、とはよくいったもので、こういう汚いやり口が何度も何度も繰り返されるのは、やはりそれが古今を問わず有効であるということを意味するからだが、こういう繰り返しはほんともうカンベンしてもらいたいものだ
自分たちの戦争が終わってからはじめて反省するのでは、今後起こるであろう戦争においては、まったくもって意味をなさない
なにしろこれから起こるであろう戦争は、人類が復興しうるだけの余地を残さないものであるからだ
手遅れになってからでは遅い、という主張も歴史のなかでは繰り返されてきたことばだが、もう繰り返しすらできない未来がすでに目の前まで来ている
いい加減、われわれはこのバカ気たネガティヴなスパイラルから脱出しなければなるまい
繰り返しという幼児の遊びとの決別が、いまを生きるボクたちの急務といえるだろう
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by AMNESIac7 | 2005-08-13 17:32 | 雑記・雑感