逸脱せよ!


by amnesiac7
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コミュニケーション不全症候群

ボクは近頃、こども社会のみならず、世間一般を見渡しても
全体的なコミュニケーション・スキルの低下が顕著になってきているように感じています

たとえば会話において、最低限のルールといいましょうか、
基本的な方法として、「相手のことばをちゃんと聞きながら理解した上で話す」というのがありますが、
この基本すら上手く機能させれないひとが増えてきているように思う
会話とはキャッチボールであり、壁を相手にするかのごとく、自分勝手に好き放題に投げて成立するものではけっしてない
これは普段、ふつうに生活さえしていれば、ごく当たり前に習得できるスキルだったはずなのだが、
いまこの「普段の生活」という点において、すでに安定を失いはじめているひとが増加しているようだ

ひとは、おおよそが「自分のことをもっとわかってほしい」と思っている
「オレは別に誰にもわかってほしくないぜ」というひとも、
それは「わかってもらい方」に不満があるだけで、
ほんとうのところはみんな「ダレかに理解されたい、認められたい」という願望を強くもっているものだ
これが失われれば、もちろんその人間は行動の意欲を失い、希望のない停止の状態に陥る
今いるひとびとにわかってもらいたくはなくても、「百年後に知己を得ん」ということ

普段、他人と面と向かってコミュニケーションをとる機会の少ないひとびとは、
いざ、久しぶりに他人と会話するとき、小さな躁状態に陥り、自分のことばかりをしゃべり、
相手の話をいっさい聞かず、その会話を失敗に終わらせてしまうことが多い
それは普段、「自分をわかってもらえる機会が極めて少ない」と無意識に感じており、
このチャンスを逃してなるものか、と見事に暴走してしまうためだろう
コミュニケーションには、自制と客観性というのがポイントだということを、まず学ばねばなるまい

他人とのコミュニケーションの上手いひとたちというのには、大きくはふたつの共通点がある
それはカレらが「聞き上手」であることと、「豊富な知識・情報」を持っているという点だ
「聞き上手」はいうに及ばないだろうが、実のところ、軽視されがちなところで「知識・情報」というのも、かなりのウエイトを占めている
たとえば、相手の話を聞きながらも、ちゃんと自分の意見を伝えたい場合、
直接的な方法は避け、すでにある範例であったり、情報を用いて、相手に方向性を加えることができるからだ 
直接的なことばは、相手と衝突を生み、話をこじれさせるもとだが、
自分の直接的な意見ではないが、こういったこともある、という例の提示は、
相手にも引き下がる道を残し、無用な衝突を避け、会話を円滑にすすめうるからである
もちろん、自分に知識や情報がない場合でも、まず相手のことばを
「否定」から入りさえしなければ、大きな失敗は生むこともないし、話もスムーズにいけるだろう
こういったことが素でできるひとには、やはり普段からたくさんのひとが集まり、
にぎやかなたのしい生活を過ごせるというものだ

コミュニケーションには、ある程度の自制と譲歩の精神が必要だ
それが「会話はキャッチボール」といわれる所以なのだが、
別にこの自制と譲歩は、勝ち負けでいう「負け」には当らない
譲歩しながらでも、自分の意思はしっかりと伝える
それさえできていれば問題はないのではないだろうか?
譲歩はなにも意見の譲歩ではなく、相手の意見にもある程度の余裕を持たせてあげる、
だけのことである
これすらできない自制心のないひとが、最近、とても増加しだしてきて困る
ただ自分の意見だけをいう
そんなことではダレも聞かない
投げっぱなしの会話不全 どうなってんだろ、いまの世の中

※もちろん、世の中の過半数が不全症候群というわけではなく、まだまだ少数であることはここに明記
しかし、その数の増加の飛躍たるや、目に見るに顕著であるということもこれまた事実だったりする
インターネットやテレビが時代とともに批難されるのも、こういった孤立症候群の増加を助長しているという側面が強調されての上なのだろうが、それはまた別の話
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by AMNESIac7 | 2005-07-05 13:41 | 雑記・雑感