逸脱せよ!


by amnesiac7
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死の刻限

「サラリーマンがいちばんだよ。オレの同級生で自営業やってたやつは最近、ふたりも自殺したらしいからな」
帰宅途中に耳にした、50代あたりの中年ふたりの会話に、わたしはドキリとした。
自死に対する考え。わたしはなぜ生きているのか?と。
特別、切迫した状況にはいないが、わたしの未来もさほど明るい予測の立たない不明瞭なもの。いつ足元から崩落するかも知れず、わたしはいつも得もいえぬ微弱な恐怖に胸を詰まらせていた。
     そうだ、自分から死ぬのも悪くない。この先、生き続けても、それほど楽しい未来は待っていないだろうし、プラスとマイナスで考えても、マイナスの方が圧倒的に多いはずだから。
寒さの残るこの季節、いつも心さびしい気持ちのなかにあったわたしは、死を存外、気軽に決意した。
だが、いきなり今夜、死のうという気にもなれず、ちょうど1ヶ月後のきょう、すなわちわたしの34歳の誕生日となるその日に、わたしはわたしの人生を終わらせることに決めた。いわば、<死の執行猶予期間>である。

わたしは残りの1ヶ月の間に見たものすべてを<この世で見る最後の光景>として、かみしめるように眺め、慈しみながら生きた。
他愛のない老人たちの挙動、街ゆくひとびとの空虚な苛立ち、その他すべてのものに対する"許し"の意識がわたしのなかで芽生え、自然と毎日、涙が流れ、慈悲というこころの、無常の在り処を知った。
わたしの人生には現在まで、いったい何が欠けていたのか?
それは許容という名の愛であったのではないか、と気づき始めた。そして、それはさらに自分というものに対する肯定であったのではないか、と確信する。

1ヶ月後、わたしは予定どおり死ぬことに決めた。現在までの自分と決別し、生まれ変わるのだ、と。
死ぬ気で生きなおせば、きっと新しい生命を手に入れることができるだろう。
これからは大いに恥をかき、大いにみんなにぶつかっていこう。
それこそが生きるということではないのか、と気づけたのだから、もういままでの自分は死んだも同然だった。

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発作的に書いた断片小説。はっきりいって話としてはクソほどもおもしろくない(ありふれ過ぎている)けど、冒頭のセリフは実際にきょう、帰宅途中に耳にした会話からの一節である。
死を決意したら、なんだってできるだろうに。その死と代償にちゃんと何かを手に入れてから死んだのか?という問いがあったから、こんな文章を書いてしまった。んだけど、いま風呂上りに思いつくまま、なんの構想もなく、一気に書いたから読み直すのも気の引ける話である。
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by AMNESIac7 | 2010-02-12 22:55 | 断片小説