逸脱せよ!


by amnesiac7
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死が問う、人生

筑紫哲也氏の『残日録』の断片が、文藝春秋2月号に掲載された。
数多の省略箇所、および掲載されなかったと思われる私信などが多数あるはずだが、斗病500日間の変転をうかがうには充分ものであった。
開始当初、必ずカムバックするという意気込みもあり、人生の晩秋における自己内省の記録として書き始められるが、時間を追うごとに、闘病の記録、苦痛との戦記へと様相を変えていく。
「人生の終局における最後の問いと答え」みたいなものを最初は期待して読んでいたのだが、ここまでツライ戦いだったのか、とあらためて驚いた。

年をとってからのガン闘病は、いわば"執行猶予期間"のような長さがあり、さまざまな気持ちの整理が可能だ、という話をよく耳にしてきたものだが、それは遺族にとってのものであり、当人にはやはり精神力を問われる過酷な戦いであるようだ。
「生きる気があるのかを試されている」という記述が、生々しく心に刺さる。
この問いに対する筑紫氏の応えは「頼りは好奇心か」と。

断続的な苦痛が精神力を削る。
人間の理性は生理に支配されやすく、よほどの"溜め"がないかぎり、あっというまに感情に支配されてしまう。このディレンマは個人差はあれ、万人共通のもので、おおよその人間は"逃避"へと走る。
死に対し、最後までどう付き合うか。
この姿こそが、その人間の人生の縮図ともいえるのかもしれない。

いまのボクを省みる。もし、現在のままのボクに、筑紫氏が迎えた最期の季節が訪れたとして、ボクに筑紫氏のような姿勢を見せることができるだろうか、と。
まったく可能性はゼロ。逃げ、逃げ、逃げに終始するだろう。
何とも対峙せず、何とも戦ってこなかった現在まで。
精神力のストックも薄皮1枚、あっというまに剥がれ落ちるにちがいない。
ではどうするか?
現在から問いに答えを出していく作業をしていくしかない。元気なうちに、ね。
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by AMNESIac7 | 2009-01-13 21:09 | 雑記・雑感