逸脱せよ!


by amnesiac7
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まるで頭に入ってこない、社会学者による社会評

鈴木謙介には注目してる。
76年生まれの社会学者。ボクと完全に同世代のこの男が、社会に対し、どの程度、意味のある言葉を発信できるのだろうか、と。
昨日付けの朝日新聞朝刊。"ネットが少数派の声を伝える"というタイトルで意見評が掲載されていた。
文科系トークラジオ Lifeで彼の弁舌能力については、すでに知るところであったが、評論等にはまだ触れたことがなく、期待して読んだのだが、感想は・・・。
とにかく頭に入ってこない。トーク同様、言葉が上滑りしていく箇所が多すぎる。
ボクらの世代は、目の付け所に関しては、それなりの自信を持っている人間が多いようだが、言葉そのものに深みを持たせる経験・感覚が乏しい人間が非常に多い。
結果、自分の言葉の軽さを"権威"で水増しさせようと、知識・データの羅列に終始する。
さまざまなアングルから、深く物事を考える人間であるかのように演出してみるのだが、基礎となるべき人間性そのものが薄っぺらいままなので、言葉を深いところまで突き刺すことができない。
年に数冊の新書を出し、雑誌・新聞等に評論を掲載し、現在、同世代のオピニオン・リーダー的位置付けにある彼でこれだと、なにやら我がことのように面映(おもはゆ)い気分になる。

筑紫哲也の新書をパラリ。
このひともジャーナリストであっただけあり、1文章あたりの情報量は、それなりのものがあるが、言葉にしっかりとした"背骨"が入っているので、たとえ情報が洪水に近い状態になっても、すんなりと言葉(文章)が入ってくる(あまりにあっさりと入るので少々不安な気持ちになることもあるが)。
その上で腰のしっかりと入った"オピニオン"が、さりげなく、だがどっしりとした重みで打ち込まれる。

多くを語り、何も伝えない(伝えられない)。これは、ことばに対する意識の欠如にある。
プロとして、しっかりとした真剣勝負の場面だけを提示するのではなく、ダレきった練習風景までいっしょに垂れ流しているのと同じである。
新聞や雑誌の発行部数がどんどんと落ちてきているのも、メディアの氾濫だけに原因があるのではく、こういったプロの書き手の不在にこそ、より大きな責任があるのではないだろうか。
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by AMNESIac7 | 2009-01-09 18:34 | 雑記・雑感